『一谷嫩軍記』 いちのたにふたばぐんき 時代物
熊谷陣屋の段
「主な登場人物」
熊谷直実 源氏方の武将。
相模 直実の妻。
藤の方 平敦盛の母。
源義経 直実の主。
「あらすじ」
源氏と平家が激突した「一の谷の合戦」で、平家の公達・平敦盛は十六歳で討死した。敦盛を討ち取ったのは源氏方の武将・熊谷直実であった。戦の前線基地である熊谷の陣屋に妻の相模が訪ねてくる。これは一子、十六歳の小次郎が初陣で、我が子を気遣うあまり、夫には無断の旅だった。
その陣屋に平家方の女が逃げ込んでくる。これは藤の方という直実と相模の恩人で、十六年前、都で御所づとめの侍と腰元だった直実と相模は、私的な恋を咎められ罰せられるところを、藤の方の情けで都を逃れていた。
藤の方は平経盛に嫁ぎ、一子・敦盛をもうけたが、実は敦盛は後白河法皇のご落胤であった。陣屋に来た藤の方は相模に「我が子の敦盛を討ったのは、おまえの夫・直実である。その仇を討たせよ」と迫り、相模は困惑する。
そして直実が戻ってくる。陣屋の前には桜の木。そこには立て札があり「一枝を切らば一指を切るべし」と書いてあった。枝を一本切った者は、罰とし
て指一本を切るという警告だったが、これには“裏の意味”があり、その制札を直実は深い想いで見つめる。
陣屋に戻った直実が妻の相模に戦で敦盛を討った手柄話をすると、奥から藤の方が「我が子の敵!」と直実に斬りかかる。直実は敦盛の最期を語り、戦場では致し方がなかったことと、藤の方に言い聞かせる。
直実が討ち取った敦盛の首を携え、義経の元へ向かおうとすると、その義経が陣屋に現れ、首の真偽を確かめる首実検を行なう。すると首桶の中に敦盛の首はなく、そこにあったのは何と直実と相模の子・小次郎の首だった。
制札の文言にあった「一枝・一指~いっし」とは、つまり「一子を斬れ」という、主・義経が直実に下した「身替り差し出せ」という命令であった。院のご落胤を救い、自身も以前、平家に助けられた義経が、その借りを返す意味で敦盛を救おうとしたのだった。
主の命とはいえ、我が子を自ら手に掛けた直実は、世の無常を感じ、出
家して僧の姿となり戦場を去る。
「ここを観て・・・聴いて・・・」
熊谷直実が平敦盛を討ち、世の無常を感じて仏門に入ったという逸話は『平家物語』などでも名高い。この作品ではそうした史実を踏まえ、さらに「直実が討ったのは敦盛ではなく、身替りの我が子だった」という大胆な創作が加わる。
舞台では、そうしたトリックを一切明かさず、ハイライトの“首実検”へと突き進む。この首実検は直実の「制札の見得」も大きな見どころになっている。
◎「ふたば」の意味するところ
我が子を身替りに立てて犠牲にする・・・。こんなことは封建時代の昔でも有り得なかったはず。つまり全部が“嘘”のこと。しかしそこを本当に見せ、観客を感動させるのが「芸の力」なのです。
敦盛も小次郎も共に十六歳。この同い年のところから、タイトルが「ふたば」軍記となっておりました。観客の方も、同じような子を持った親の世代になりますと、感動もまた、ひときわになるのではないでしょうか。
( 了 )