生玉社前・天満屋・天神森の段
「主な登場人物」
お初 大坂・堂島新地にある天満屋の遊女。
徳兵衛 醤油屋・平野屋の手代。
九平次 油屋の主人で徳兵衛の友人。
「あらすじ」
お初と徳兵衛は馴染みを重ねた深い仲。しかしここのところ、お初のいる天満屋に足を運んでいなかった徳兵衛で、生玉神社で偶然、徳兵衛と出会ったお初は不満を漏らす。
徳兵衛には気懸かりなことがあった。いきさつはこうである。伯父の主人から「姪と夫婦にならないか、持参金も持たせてやるぞ」と縁談を勧められた。しかし徳兵衛には恋しいお初がいたので、それを断るつもりでいた。ところが、強欲な徳兵衛の継母が勝手に話を進め、主人から持参金を受け取ってしまったのである。
持参金を返さねば縁談は断れない。ようやく金の工面をしたが、今度は友人の九平次から借金を申し込まれ、徳兵衛は大切な金を貸してしまったのだ。この九平次が悪い奴でなかなか金を返さず、主人への返済期日も迫っていた。
そんな折、生玉神社に九平次がやって来る。酒を飲んでご機嫌の様子。いらだった徳兵衛は借金の返済を迫るが、九平次は「金など借りた覚えはない」と空とぼける。「手形に押した判は紛失したもので役所にも通知済み、おまえの持つ借用証文は偽造したものだ」と言い張る。九平次の計画的な犯行だった。徳兵衛は力づくで取り返そうとするが、かえって散々に打ち負かされ、一人男泣きする。
お初の店・天満屋でも、生玉での事件がささやかれ、お初は心を痛める。そこへ徳兵衛が現われ「もう平野屋への返済も出来ず、世間の信用も失った。こうなっては生きてはいられない」と口にする。
そこへまた悪者の九平次が現れ、お初の前で徳兵衛をなじる。我慢のならないお初は反論しながら、縁の下に隠した徳兵衛に「今宵一緒に死ぬ」という心中の覚悟を伝える。そして二人は店を抜け出し、曽根崎の天神森で命を絶つ。
「ここを観て・・聴いて・・・」
それまで人形浄瑠璃の物語が、歴史や伝説を元にした「時代物」ばかりだった頃、新たに“現代劇”として描かれたのが「世話物」で、その記念すべき世話物第一作が、近松門左衛門の『曽根崎心中』だった。
しかし意外にも、江戸の初演で大当たりをとったこの作品も、その後は“心中物禁止令”などで上演が絶え、現在の形で復活したのは近年、昭和三十年になってから。
世話物は実在の事件をモデルにしているのでリアリティがある。劇中“ニセ証文”のからくりが使われるなど、いかにも商人の町・大坂らしい展開である。しかし単なる“ニュースねた”の作品に終わらず、最後の心中場面、「道行」と呼ばれるところでは「この世の名残り、夜も名残り、死にに行く身をたとふれば~」と続くところは“七五調の美文”で綴られ、このことから近松は、劇作家ならぬ“劇詩人”であるとも呼ばれている。
◎ 人形遣いの目からも・・・
感動の場面は、やはり最後、天神森の段。「早う殺して殺してと、覚悟の顔の美しさ」で目をつぶり合掌するお初。そのお初の人形遣い、人間国宝・吉田簑助師の目からも一筋流れるものを見て、胸が熱くなったことがあります。
( 了 )