『心中天網島』 しんじゅう てんのあみじま 世話物
「主な登場人物」
治兵衛 大坂天満は紙屋の主人。
小春 曽根崎新地・紀の国屋の遊女。
おさん 治兵衛の女房。
粉屋孫右衛門 治兵衛の兄。
「あらすじ」
治兵衛は妻子ある身でありながら遊女の小春と馴染み、その関係が三年になっていた。しかし小春の元へ通うもう一人の客、江戸屋太兵衛は小春を買い取る“身請け”をしようとしていた。小春を取られたくない治兵衛は太兵衛と張り合うが、身請けに必要な大金がなく、小春と治兵衛は「今度会った時には心中しよう」と約束した。
『河庄の段』~ある日、小春のところに見知らぬ侍客が来る。これが、侍に化けた治兵衛の兄・孫右衛門で、弟の相手という小春の様子を探りに来たのだった。小春は「心中の約束はしたが後悔しているので、死なずに済むようにして欲しい」と頼む。
その話を治兵衛が外で立ち聞きしていた。「さてはみな嘘か、根性腐りし、あのド狐!」。治兵衛は怒りにまかせ、格子越しに小春を突き刺そうと刀を突っ込むが、兄に手をくくられてしまう。兄は正体を現し、弟の治兵衛を諭す。
恋の熱が冷めた治兵衛は小春から、愛を誓い合っていた“起請文”を取り返そうとしたが、その際、兄は「意外な文」を目にした。
『紙屋内の段』~心中騒ぎも一段落した、ここは天満にある治兵衛の紙屋。治兵衛は炬燵に入り泣いていた。それを見た治兵衛の女房おさんが腹
を立てる。「あなたはまだ小春に未練があるのですか」。しかし治兵衛は、「これは未練の涙でなく、恋敵の太兵衛に小春が身請けをされ、男の意地が通らなかった、無念の涙だ」と答える。すると、これを聞いたおさんは驚く。
「小春の愛想尽かしは私が手紙で頼んだもの。他の男の身請けを望まない小春は、きっと自害するに違いない。これは私が身請けをして助けなければ・・・」。おさんは身請けの金を作るため、質入の荷を用意するが、そこへおさんの父が現れ、治兵衛とは離縁させると無理やりに、おさんを連れ帰る。
このあと『大和屋の段』で治兵衛は、もう小春と心中するしかないと待ち合わせる。弟を心配する兄の粉屋孫右衛門が探しに来たものの、それを影から見送った治兵衛と小春。最後『道行名残りの橋づくし』で、いくつもの橋を越え、たどり着いた網島の大長寺で命を絶つ。
「ここを観て・・・聴いて・・・」
極端なことを言えば、この作品は心中する二人、小春と治兵衛よりも、心中を止めようと懸命になる、周りの人間のドラマなのかも知れない。『河庄の段』では兄の孫右衛門が侍に化けてやってくる。そのことを兄が「何でこんな、役者の真似までしなければならない」と口にするが、ここは怒りというより、弟への“慈愛の心”があふれている。
◎ 女どおしの義理
そして治兵衛の女房おさんの存在も極めて重要だ。遊女の小春は、おさんにとって夫を奪った憎い“敵”のような存在であり、小春に「夫と別れて欲しい」と手紙で頼んだ気持ちもひじょうによく判る。
しかし、その小春が自害すると気付いた時、おさんは「ここで小春を助けなければ、女の義理が立たない」という。治兵衛という一人の男を互いに愛した“女の連帯感”と言うべきところか。このあたりの心理は実に複雑だ。
近松の“最高傑作”と言われる『心中天網島』であるが、一度や二度観ただけではでは、ちょっと理解出来ないかも・・・。
( 了 )